今年は7月2日に愛媛県のトップを切って夏祭りが行われます。勇壮で、町民にもっとも慕われている神社です。昔吉田藩に『僅かばかりの田畑を耕し、その苦を農民は言わず』と
一揆が起ります。吉田藩はそれを跳ね返したことで、農民の怒りが増し、
紙の専売をしていた豪商や、その支店のある宇和島藩領までも押入り、宇和島藩の説得も相手にされず、このままでは、、、。と『命を持ってこの
一揆を静める』と農民と話し合ったのが、吉田藩家老の安藤儀太夫継明。
この話し合いで、一気に一揆は沈静化され、安藤氏が死に就いた翌々日朝には、農民の訴えをすべて聞き入れた条約が出来ました。
お礼参りをする人が絶えないことから、切腹の地に神社を築き、今直、
町民の神様として安藤神社は皆に慕われています。
今のミカン産業の頑張りの元はここかもしれないと感じました。
今までは、お願いばかりのお参りでしたが、今年の夏祭りでは、
ちゃんとお礼を言わなくてはと思いました。
ほんの少し歴史を紐解いただけですが、昔の情緒は心痛く、なのに心温かくなります。吉田町には、そんな歴史が垣間見れるところが
まだまだ残っています。それから人情も、きっと。 |